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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6743号 判決

判   決

東京都千代田神田司町一丁目九番地

原告

新星交易株式会社

右代表者代表取締役

本間三郎

右訴訟代理人弁護士

伊賀満

同都目黒区大岡山町二千二百三十五番地

被告

池田栄子

(ほか二名)

右三名訴訟代理人弁護士

五十嵐芳男

右当事者間の昭和三六年(ワ)第一、〇〇四号商標権放棄無効確認、回復登録等請求事件について、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

原告訴訟代理人は、「被告らは、原告に対し、別紙目録記載の商標権につき特許庁昭和三十五年十一月八日受付第七〇三六号をもつてした抹消登録の回復登録の手続に協力せよ。被告らは、原告に対し、右商標権に対する別紙目録記載の専用使用権設定登録の手続に協力せよ。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、その請求の原因等としてつぎのとおり述べた。

(請求の原因等)

一  被告らの前主池田実は、昭和二十九年末ごろ、別紙目録記載の商標権を、その営業(「こま紙」類の販売)とともに、丸金印刷株式会社に譲渡したが、その移転登録手続未了のまま、昭和三十三年九月二十二日死亡した。

二  原告は、温床紙、防水紙等の販売を業とする会社であるが、これらの紙類は、農業に関係があるので、「みのり」を要部とする商標を使用して販売することが、きわめて適当であつた。よつて、原告は、弁理士市川理吉に依頼して調査したところ、「みのり」を要部とする本件商標権が、すでに登録されていることが判明したので、当時、登録原簿上、商標権者となつている池田実の相続人である被告らに対し、本件商標権の譲渡方を申し入れた。被告らは前記丸金印刷株式会社とも協議した結果、昭和三十五年十月二十六日、池田実と右会社との間において、さきに締結した本件商標権の譲渡契約を合意解除したうえ、その商標権として、原告に対し、原告の販売する温床紙と防水紙とにつき、対価の額を金二十万円、内金十万円ずつを昭和三十五年十月二十六日および昭和三十六年一月二十五日の二回に支払うこと、範囲を全部(期間の定めなく、地域の制限もなく)とする専用使用権の設定契約を締結した。その際、被告らは、未了のままになつている本件商標権の相続登録の手続と、右設定契約にもとづく別紙目録記載の専用権設定登録の手続とを、ただちに、とることを約し、原告は、約旨に従い、即日金十万円を被告らに支払つた(なお、原告は、昭和三十六年一月二十五日に残額金十万円を被告らに提供したが、受領を拒絶されたので、同年二月十日これを弁済供託した)。

三  しかるに、被告らは、昭和三十五年十一月八日にいたり、突如として、同日本件商標権を放棄したことを原因として、特許庁受付第七〇三六号をもつ本件商標権抹消登録の手続をした。しかしながら、右商標権の放棄およびその抹消登録手続は、いずれも、被告らの意思にもとづかないでされたものであり、仮にそうでないとしても右の放棄は、専用使用権者である原告の承諾なくしてされたものであるから、いずれも、その効力を生じえないものである。

四  よつて、原告は、本訴をもつて、被告らに対し、前記抹消登録の手続および別紙目録記載の専用使用権設定登録の手続に協力すべきことを求める。

五  なお、被告らが主張する事実のうち、被告らが、その主張のころ、本件専用使用権設定契約を解除する旨の意思表示をし、さきに交付を受けた手附金の倍額として金二十万円を原告に送付してきたことは認めるが、その余は否認する。

(一)  仮に、池田実が主張のとおり営業を廃止し、その結果、本件商標権が消滅したとしても、いまだ、その消滅について抹消登録の手続を経由していないから、被告らは第三者である原告に対して営業の廃止による本件商標権の消滅を主張することはできない筋合である。

(二)  また、被告らがした前記設定契約解除の意思表示は、つぎの理由から、その効力を生じない。すなわち、原告が本件設定契約にもとづいて昭和三十五年十月二十六日被告らに支払つた金十万円は、単なる手附ではなく、契約の履行としての対価の支払いである。また、原告は、契約の履行として、対価の半額である金十万円を支払うとともに、被告らの委任をも受けし弁理士に依頼して、池田実から被告らへの相続登録の手続および被告らから原告への専用使用権設定登録の手続につき必要書類をととのえて特許庁に提出した(もつとも、これらの手続については相続登録の手続書類に一部不備があつたため、専用使用権設定登録の手続書類は完備していながら、いずれも特許庁において受理されなかつた。)。他方、原告は、本件商標権の専用使用権にもとづき「みのり温床紙」を要部とするレツテルを使用した温床紙を得意先に多数発送する等して、すでに本件設定契約の履行に着手した。したがつて、原告が被告らに支払つた金十万円が手附であり、原告が契約の履行に着手していないことを前提としてした被告らの本件設定契約解除の意思表示は、その効力を生じえないものである。なお、被告らから送付してきた金二十万円は、原告において、被告らに返送した。

(被告らの申立)

被告らの訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

(答弁等)

一  請求の原因一の事実のうち、被告らの前主池田実が原告主張の日死亡したこと、同人が生前、原告主張の販売業を営み、本件商標権をもつていたこと、および本件商標権につき移転登録の手続がとられなかつたことは認めるが、その余は否認する。

二  請求の原因二の事実のうち、被告らが池田実の相続人であること、原告主張の日、原告と被告らとの間に、本件商標権につき原告主張のとおりの専用使用権設定契約が締結されたこと、および、原告が、本件設定契約成立の日、ただちに金十万円を被告らに支払い、その後残金十万円を弁済供託したことは認めるが、その他は、すべて争う。原告が調査した結果はじめて本件商標権が登録されていることを知つたということは事実に反するし、本件商標権が丸金印刷株式会社に譲渡されたことはない。

三  請求の原因三の事実のうち、被告らが、原告主張の日、本件商標権につき、その主張のとおりの抹消登録の手続をしたことは認めるが、その他は否認する。

四  本件設定契約は、無効であるか、仮にそうでないとしても、適法に解除された。すなわち、

(一)  前掲専用使用権設定契約は、本件商標権がすでに消滅したのち、それが存続していることを前提としてされたものであるから無効である。すなわち、池田実は、昭和三十年四月一日「こま紙」の販売に関する営業を廃止したので、「こま紙」の商標として使用していた本件商標権は、旧商標法第十三条の規定により消滅した。

(二)  仮に、右主張が理由がないとしても、前掲専用使用権設定契約は、原告において、商業道徳ないしは商業上の誠実な慣習に反する上公正な競業を目的として締結したものであり、その動機が公序良俗に反するから、無効である。すなわち、株式会社農業科学研究所は、かねてから、本件商標権の目的である商標と同様の「みのり」の標章を使用して温床紙を製造し、原告は右会社の販売代理店としてこれを販売していたが、その後、原告の代金の決済が円滑を欠くにいたつたため、昭和三十五年八月、右会社は原告との間の販売代理店契約を解除したところ、これを不満とした原告は、他の製造業者と結託して、「みのり」の標章を使用した温床紙を製造販売して右会社の営業を圧迫し、右会社の「みのり」の標章の使用を差し止める目的で、原告らとの間で、本件設定契約を結んだものである。

(三)  仮に前項の主張が理由がないとしても、前項専用使用権設定契約は、要素に錯誤があるから、無効である。すなわち、被告らは、原告が本件商標権を使用して商業上の公正誠実な取引きをすることを予期し、かつ、原告もこれを強調したから、原告との間に前掲専用使用権設定契約を結んだのであつたが、原告の真意は商品の混同を生ぜしめて不正競業をすることを目的としたのであるから、被告らは前掲専用権設定契約締結の意思表示につき要素の錯語があつたものである。

(四)  仮に以上の主張がすべて理由がないとしても、被告らは、前掲専用使用権設定契約を締結するにあたり、手附金として金十万円を受領したのであるが、昭和三十五年十一月八日、民法第五百五十七条の規定に従い、原告に対しその倍額である金二十万円を償還金として提供し右契約を解除する旨の意思表示をした。なお、原告は右償還金を送り返しその受領を拒絶したので、被告らは同年同月二十二日、これを弁済供託した。

(証拠関係)<省略>

理由

第一  回復登録の請求について。

商標法第七十一条第二項、商標登録令第八条において準用する特許登録令第十五条および商標登録令第七条第一号の規定によれば、商標権の回復の登録は、申請によることなく、特許庁長官が職権ですべきものと解するを相当する。なお、同令第八条において準用する特許登録令第三十四条にいわゆる「抹消した登録の回復を申請する場合」には、商標権自体の回復の登録は含まないものと解される。したがつて、原告の本訴請求中、被告らに対し別紙目録記載の商標権につき特許庁昭和三十五年十一月八日受付第七〇三六号をもつてした抹消登録の回復登録の手続に協力することを請求する部分は、商標権の回復登録について被告らに申請権があることを前提とするにほかならないから、請求自体理由がないものといわなければならない。

第二  専用使用権設定登録の請求について。

(争いのない事実)

一、昭和三十五年十月二十六日、原告と被告らとの間において、別紙目録記載の商標権につき、原告主張のような内容の専用使用権設定契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

(商標権の消滅)

二、被告らは、その前主池田実が昭和三十年四月一日、「こま紙」等の販売に関する営業を廃止したので、「こま紙」等の商標として使用していた本件商標権は旧商標法第十三条の規定により消滅した旨抗争する。

しかして、池田実が「こま紙」等の販売を業とし、これら紙類の商標として、その権利に属する本件商標権を使用していたことは、当事者間に争いなく、この事実に被告池田栄子本人の尋問の結果を総合すれば、池田実は、昭和二十三、四年ごろから東京都台東区御徒町において、本件商標権の商標を使用して、「こま紙」等の販売業を営んでいたところ、業績があがらなかつたため、昭和二十九年か、昭和三十年ごろ、その営業を廃止するにいたつた事実を認定しうべく、この認定をくつがえすに足る証拠は、一つとして見当らない。しからば、池田実がもつていた本件商標権は、右営業の廃止当時において施行されていた商標法(大正十年四月三十日法律第九十九号)第十三条の規定により、右営業の廃止にともない、消滅したものといわなければならない。この点に関し原告は、池田実は、その営業を廃止する以前に、本件商標権をその営業を廃止する以前に、本件商標権をその営業とともに丸金印刷株式会社に譲渡した旨主張するが、証人鈴木高明の証言中、右主張に符合する部分は、証人飯島百喜の証言および原告代表者本人尋問の結果と比照して、たやすく措信しがたく、他にこれを認めるに足る何らの資料はないから、原告の右主張は、到底採用することはできない。したがつて、前記契約当時すでに消滅した本件商標権が当時なお存在することを前提として締結された本件使用権設定契約は、原始的に不能な事項を契約の目的としたことに帰するから、その効力を生じえないものというほかはない。原告は、池田実の営業の廃止に伴い本件商標権が消滅したとしても、その抹消登録をしていない以上、被告らは、第三者である原告に、その消滅を主張しえないものである旨主張するが、営業の廃止があれば、前掲法条により、その登録の抹消登録手続がとられたかどうかにかかわりなく、当然に、商標権は消滅するに至るものであることは、右法条に照らし、まことに明らかなところであるから、原告の前示主張は、全く採用に値しない。

したがつて、原告の本訴請求中、被告らに対し、本件商標権につき、別紙目録記載の専用使用権設定登録の手続に協力することを請求する部分は、その他の点について判断するまでもなく理由がないものといわざるをえない。

第三  むすび

以上のとおりであるから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官楠賢二は、転任のため、署名押印することができない。

目録<省略>

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